せめて応援団の復活を(甲子園予選に寄せて)

投稿日時:2007/05/14 4:15 PM
お知らせカテゴリー:母校行事と支援活動

「自分の人生の中でどの時代が好きかと聞かれたら」で始まる<やまぼうし第8号>に寄せられた栗野(斉藤)久美子さんの寄稿文に素晴らしい高校生活が彷彿され、母校への熱い思いに感激した一人です。

 

卒業して40年余り、寄寓にも森泉校長と隣同士のクラスで、在学中はそれ程ではなく典型的な<卒業してからの大高野球部ファン>である私は、夏の甲子園予選大会の応援に当然今年も大宮公園球場へ行きました。一塁側応援席の最上段にはOBの福永元同窓会長とお仲間の諸先輩方の懐かしい面々も駆けつけていました。試合は「東農大三高」に惜敗しましたが、精一杯応援する事が出来、そして今年も後輩たちと校歌を歌う事が出来ました。ところで母校には、残念ながら現在「応援団」はありません。「応援団」が消滅し、どれだけの年月がたったのでしょう。詳細は知りませんが、毎年この事を大変寂しく残念に思っているのは私だけでしょうか。

 

応援団の下、団長の指揮による、校歌、応援歌の斉唱が旧県営公園球場・阪神甲子園球場のスタンドにと声高らかに響き渡ったかつての栄光は野球部員でなかった私でさえ熱気と暑さをともなった昇華された思い出として今でもそれは自慢できるものです。現在も旧制中学(浦和・熊谷・春日部・川越・不動岡・松山)の所謂伝統校には応援団が健在で年一回演舞会を合同で開催しています。祝祭日の野球部の試合は特に卒業生の応援来場も大変多く、団長の指揮の下、風邪に翻る校旗をいただき、老いも若きもが肩を組み合い一つの群れになって校歌を高らかに歌う規律のとれた姿に、例え戦いに敗れたとしても対戦高に敬意込めてエールを送る彼らの汗まじりの涙を見た時、その真摯な応援の姿に、時に羨望と嫉妬心さえ覚えてしまいます。

 

母校にはかつて女子の応援団部員もいて甲子園では学生服に必勝の白い鉢巻、日の丸が描かれた扇子を持った姿が珍しいと私の記憶では新聞に掲載された事もありました。

 

3年次の夏休み、「県営大宮公園球場へ集合、決勝の相手は大宮工」と全校応援の連絡を受けたあの日から8回目の甲子園出場を願い応援し続けて40年が過ぎました。甲子園出場については、夏は無理でも何とか21世紀枠での春の選抜出場と、かすかな望みを持ちつつこれからも体の続く限り悲願達成の奇跡を信じ大宮球場へ行こうと思っています。

 

今回の「東農大三高」戦では試合も終盤にさしかかった頃、応援席の最前列でピンクのTシャツの女子在高生が「野球は終わるまで何があるか分からないのよ、最後まで諦めないで」と心の叫びにも似た大声でのエールに、敗戦濃厚で静まりかえった応援席からその後輩の女子生徒に対し全員の熱い拍手が自然に起こりました。その光景に触れた時、私は、3年2組の往事に戻っていて不覚にも目頭が熱くなりました。勝手な想いですが甲子園への切符が難しいならせめて応援団の復活は是非実現して欲しいものです。応援部員の素質を持った素晴らしい後輩たちがたくさんいるのですから。それにしても応援団旗は今何処にあるのでしょう。